2月20日(火)最賃生活体験運動20日目、ついに20日が経過し、あと9日間となりました。

朝はヤクルト1本とみず20㏄で50円。昼は、フィレステーキ150㌘とブロッコリ・レタスサラダにオニオンソース、ご飯とスープで1560円、夜はレモンサワー2杯と豚肉&卵お好み焼きで1680円。交通費は400円。

“街”の屈強な門衛はカフカの小説に出てくる門衛とよく似ていますが、“街”へ入る主人公から影を剥がしたり、夢読みの仕事のために目を傷つけたり(その独特の仕方があるに違いない)、一角獣を夕方になると門の外に誘導する角笛を吹いたり、外敵(おそらくはイエローマリンのパーカーを着た少年の言うような精神のウイルス)からの防御という役割があり、場合によれば街の住民を守ったり、そのために“街”の外には脱出させないなどのことも任務としているかもしれません。冬になると門衛は、バタバタと死んでゆく一角獣を穴の中で焼いたり、引き剥がした“影”の見張りもするのに違いありません。“影”を助手に、一角獣を焼く穴を掘らせたりもするのでしょう。それらのことは、カフカの門衛とは独特の相違があるようでもあります。純文学長編の余韻は、楽しくそれらのことを考えさせます。さて、ところで、非現実と、空想的意識と、夢と想像力とは、同等のものでしょうか?あるいはまた、同じ力を持ちうる者なのでしょうか?

そして、主人公は“影”が“街”から脱出に成功した後は、本体が意識を 失ったか、または“街”から本体が排除されたことによって“影”と一体となって、そして東北の小さな街の図書館長となったのか、変転します。それは不思議なことであっても、それでいいのだと思えます。不思議なこと、それはすべてのひとの人生。

また明日。